最近は、ブログを一日一記事以上アップすることに決めている。

カウンセリング代が払えるようなお金はない。

ましてや、死に向かっていくサポートをしてくれる機関なんて

この世のどこにもない。


だから、

自分で書いて気持ちを整理している。


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5年前、彼女は僕の地元に荷物ひとつで引っ越して来た。
冬のある日のことだった。

部屋は僕が探した。彼女からは部屋は任されていた。
数件見て回り、彼女が快適に暮らせそうな、明るい部屋を見つけた。
今は亡き僕の父が日頃から
「部屋は爽やかなところにしろ」と言っていたのを覚えていた。

僕の住む土地は坂道が多いので、平地の物件はなかなかないのだが、
どうにか平地の爽やかで買い物・交通が便利な物件、
ワンルームロフト付き、を見つけることが出来た。

彼女を空港に迎えに行き、そのまま不動産屋に直行した。

契約を済ませ、さらに物件に直行したような記憶がある。

物件に入ってからは、近くの電気店や家具店に行き、
こたつやら電子レンジやらを購入して、一応部屋らしく整った。
僕のテレビや洗濯機をあげて、家電も一通り揃えた。

彼女からは鍵を預かり、いつでも行けるようにしてもらった。


だが、しばらくは僕も学校で忙しく、ちょくちょく寄るくらいしかできず、
同棲はしていなかった。



そんなある日、夜中に彼女から電話がかかってきた。

息も切れ切れで助けを求める電話だった。

バイクの鍵


取るものも取り敢えず、慌てて、確か250ccのドラッグスターで向かったと思う。


着いたら彼女が呼吸が苦しそうに顔を真っ赤にして、ロフトの階段下辺りに倒れていた。

辛そうだった。


しばらく僕の膝枕で寄り添わせて、声をかけ続けた。

そうこうするうちに段々と彼女は落ちついてきた。


落ちついてきて本当によかったと安堵したのと同時に、強烈な後悔の念がよぎった。


「一人にしたのが良くなかった」と後悔した。 
(当時僕は社会人大学院生で課題でめちゃくちゃ多忙だった。)

慣れない土地で一人でいる彼女には、
見えないストレスが蓄積していっているのかもしれないと思った。


「この子をひとりにしてはダメだ」と思った。


それからは、なるべく外せない時以外は彼女のアパートにいるようにした。

泊まることも格段と増えた。


その後同じようなことはなかったが、
それが僕の影響なのかどうかは分からない。

分からないがとにかくよかったと安心した。



そんな日々を続けるうちに、

段々といつも二人でいるのが当たり前になっていった。 



二人で一つ。



僕の中で、そんな感覚がどんどん増していった。




(書いてて精神力を使うので、一気に書けません。次の記事で続きは書きます)