自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-

中学1年生以来25年間、どんな治療をしても消えない希死念慮を持ち続ける者が、自殺決行までを綴ったブログです。 2016年3月10日より、新ブログに移行しています。Hopeful Suicide(http://hopuful-suicide.com)へ宜しければお越し下さい。

思い出

2016年8月27日追記
カドカワさんのカクヨムにて、希死念慮小説「YUI 灯火」を掲載開始しました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881659291

新サイトにも掲載していたものを推敲したものです。
宜しければご覧下さい。携帯小説タッチで読みやすく書いているつもりです。

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新サイト開設しました。新規投稿は全て新サイトにて行っています。

Hopeful Suicide 自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-
http://hopeful-suicide.com

日本語にすると、【希望に満ちた自死】。

希死念慮の人生に、最後の希望を込めて名付けました。

新しい投稿は新サイトにアップしますので、よろしくお願いいたします。

携帯のガラスフィルム

割れてきた。


変えなきゃな。




もう既に購入はしてあるんだけど、



なんか思い出があって、



変えきれない。





お風呂で裸で変えるといいと



元カノさんにアドバイスされて、



何枚も犠牲にしながら変えてたっけ。





変えても一発で




上手くいかない気がするから、




変えられない。 








それにさ、



ガラスの傷もヒビもカケも




全部元カノさんとの




思い出や




病気との格闘の跡なんだよね。







忘れるなんて




簡単にいわないで。





一生できるわけないよ。



久々に

飲んでみるか。


ベネディクティンDOM



グラスはルネ・ラリックのサヴェルネです。



一脚7万くらいするんだよ。


DOM



昔はこれ飲みながら、ニコ生やってたっけ。



ドMドMって突かれてたっけ。(DOMだから)




元カノさんがまだ元カノさんじゃ無かった時代ね。




懐かしいな。




あの頃は、




今の生活が想像できなかったな。





もっと希望とか夢があった。



地位もお金も何もなくても自分には、



正しい途を歩いてるんだっていう



自信と矜恃があった。




もうそれは打ち砕かれて、




この酒は自分を誤魔化すための酒になってしまった。




リスナーさんも元カノさんもいなくなって、



孤独を引き立てる酒になってしまった。



アルコール依存症の人の気持ちは分からないけど、



こんなきっかけで溺れて行く人もいるんだろうな。





僕は酒に溺れる気は無いけれど、



溺れ行く人の寄る辺なさは、



分かる気がするなあ。 



だってさ






孤独だもん。



死にそうなくらいにね。



お疲れ様iphone5

解約してきました。


iphone5。




無理してiphone5sにした時の


元カノさんの反応が忘れられなくて。


やれやれまた機種変かって思われてたんだろうなあ。


今はiphone5sで、これは思い出だらけだから、


壊れるまで大事にします。




iphone5が不要になったから、


元カノさんに部屋用のブラウジング用として預けていましたが、


引越の時に置いていっても迷惑だから持ってきていて、


今、解約してきました。


iphone5_1

iphone5_2


お疲れ様、iphone5さん。


君にも心配かけたね。


元カノさんに使ってもらって、


幸せだったに違いないよ。


だから君も今からは


付喪神だね。


きちんと長い電源買って来て祀るから。



2年前の今頃は、


こんなことになるなんて、


思ってもみなかったよ。



ごめんね


みんな。


元カノさん。


たくさんの道具達。


元カノさんの周囲のみんな。



僕が愚かな人間であるばかりに、


元カノさんに何の恩恵ももたらさず、


迷惑しかかけなかった。


罪も無い人々と道具達を、


沢山傷つけた。



だから今、僕が苦しんで狂気の最中にいるのは、


単なる報いであって、


苦しむのが定めと責任だったとしか


思えなくなりつつある。



元カノさんを5年間苦しめただけだったから、


今僕は苦しんでいる。


罰を受けている。


そんな風にも思える。



だけど、元カノさんや道具達や、


周囲の人たちに罪は無い。


苦しむのは、


罪を背負う僕だけにしてくれ。


その他は幸せな報を聞かせてくれ。


お願いだから。


ねえ。 


頼むよ。 


それだけは。



全てが懐かしくって→新しい彼女の作り方

コーラは必ず


入ってたんだよね。


冷蔵庫に。




お風呂上がりのコーラが最高、



なんて言い合って。



ゼロコーラ。

ゼロコーラ。



一緒に飲んでくれる人が居るって、



あんなに幸せだったんだなあ、って。



でも生涯それはもう望めなくなってしまった。




ふと、もう永遠に既読マークがつかない、



カップルアプリを久々に開いてみて、



言葉にならないけど、



元カノさんの優しさや頑張りの痕跡が沢山あって、



涙が止まらなくなって、



たくさんたくさん泣きました。 




少ないながら周りの人たちは



「見ててちょっと辛すぎる感じだからもう忘れて、早く新しい彼女つくりなよ」っていって、



友達の友達とか無いアテを色々探してくれて、



仕方なく直に会うのは怖いからっていって、



チャットとかメールとか電話で話してみるけど、




「元カノさんならそんな反応じゃない!」




って思考が邪魔をする。



どうしても、5年前の元カノさんとの出会いを重ねてしまって、



「出会いってもっと鮮烈で一発で通じ合う感覚なんだ!」って思ってしまう。




それに僕は犯罪者みたいなものだし、



収入もない身だし、全てに自己嫌悪で気が引ける。




だからもう、



新しい彼女さんを作ることも





生涯できないんだろうなあ。




でも楽しかった懐かしい思い出が


誰にも消せない自分の心にたくさんあるから、


元カノさんさえ幸せになってくれたら、



あとはそれでいいのかなあ^^



昨日はおかしかったようです

意味不明になっていたようです。


ほとんど記憶がありません。


朝起きて、コーヒーを飲んだ辺りまでは


覚えています。




変なブログが残ってたのと、


母親に31通、


意味不明なメールを送っていたようです。


ようせいさん、って何でしょうね?w


妖精さんだったとしても、


幻覚を見た記憶もないのですが。




昨日のあなたは何かに取り憑かれてたって


母親から言われました。


母はすぐそういうことを言い始めるので、


止めて欲しい。迷信は止めて欲しい。




取りあえず今日は平気です。


右腕もちゃんと動きますし。 


というわけで


昨日何も読んでないので、


以前の記事に書いた本でも


読み進めてみます。




元カノさんについては、


夜になるとやはり、


楽しい思い出が溢れだして辛いけど、


とにかく元カノさんの人生は誰よりも幸せになって欲しいから、


それだけは誓って真実だから、


それだけ叶えば僕の人生そのものは外見として惨めでも、


心の中は最高の形になるから、


素敵な人が元カノさんに現れることを祈って、今日から


毎朝、神宮大麻他、沢山の神様の御札に


二礼二拍手一拝するのをはじめました。


安直ですね^^;

神宮大麻


元カノさんにはそんなこと言わなかったけど、


神社に行ったときは必ず、


「僕なりにやれることは頑張るので、僕はどうなってもいいので、
彼女を幸せにできますようにどうか力をお貸し下さい」





そう毎回そればかりお祈りしていました。


他力本願過ぎるだろう、という感じですよね。


あ、でも、僕はどうなってもいい、ってところまでは、


叶ってますね。


この先も叶えばいいな。




お別れになったことも


神様が見ていたとしたら、


「君が彼女から離れるのが、


彼女にとっては幸せなんだよ?」 


そう言われている気がして、 


「はい! わかりました! そうします!^^」


という気持ちになってきました。


これも安直ですね^^;


信じて参詣して祈ってきた神様達と元カノさんが決めたことだから、


信じ続けていこうと思います。



かといって 希死念慮やパニックは消えないのですが、


元カノさんと別れたことで、


それはもはや僕一人の問題になったので、 
(母は産んだ責任として仕方ないとして) 


決行するもよし


できずにうじうじするもよし。


でもなるべく世間に迷惑をかけない形で、


希死念慮とは付き合っていきたいです。



まあそうは言っても、


自分のコントロールが利かなくなるのが、


症状だから、


その辺りが難しいですね。




症状が出て、


迷惑をかけると感じた時点で、


すぐに自殺できる道具なんかあれば


いいんですけどねぇ……。 




あ、そういえば、


ショートステイを関東にいたとき


計画していたんですよね。


それを使えば、


よかったのになあ。 




今はもう


使う意味も


なくなっちゃったなあ。 



毎日が、ひとりぼっちだからね。




ひとりぼっちは、


つらいなあ。 



物理的にひとりぼっちというのもあるけど、


事件を通して、


心理的にひとりぼっちになっちゃったから、


それがとても




つらいなあ。



コンサータ↑

今日から


コンサータが


54mgに増量。




効くのかどうか。


不安。




昨日、担当医が言ってたそうだ。


茨城の入院していた病院のことを話すと、


それはちょっとあんまりでしたね、


うちとはちょっと違いますね、と。




ひどかったですよ。


だってあれは監獄で、


患者はみんな、


早く出たいがために、


必死だった。




そこの病院で


やくざから足を洗った人と


友達になった。


彼曰く


「刑務所の方がまし」




あまりにも辛い入院だったが、


退院後3週間で、


新たな地獄が待っていた。



入院しているときには


思いもよらなかった。


本当の地獄は、


人間関係だと言うことに。



  

コンサータが切れる

やっぱり


夜になるとコンサータが切れるのか、


希死念慮が増してきたり、



彼女との楽しかった思い出が


次々に溢れてきて


止めどなく涙がこぼれるから



勉強もできないし


早くねます。




おやすみなさい。



病院から帰りました+思い出の夜間窓口

ただいま病院から帰りました。

思った通り、

大した話にもならず、

薬もそのままで、 

血液検査だけされてきました。



もう希死念慮は諦めてるし。

別にいいですけど。


ところで前記事に書いた、

彼女との思い出の夜間救急外来の窓口を

写真におさめてきました。


あの時は大変でした。

口が開きっぱなしになって、
あごが凄く痛くて。

慌ててバイクで二人乗りで夜間外来に行きました。 

注射一発で治りましたが、

彼女には心配かけっぱなしでした。

5年間ずっと。




思い出の夜間窓口は変わらずあのままでした。



5年前に



戻りたいです。




もし5年前に戻れたら、


彼女になんて言うだろう。


また別の記事で書きます。

病院駐車場

夜間窓口1

夜間窓口2

夜間窓口3






彼女と僕とワンルームアパートで。(1)

最近は、ブログを一日一記事以上アップすることに決めている。

カウンセリング代が払えるようなお金はない。

ましてや、死に向かっていくサポートをしてくれる機関なんて

この世のどこにもない。


だから、

自分で書いて気持ちを整理している。


---
5年前、彼女は僕の地元に荷物ひとつで引っ越して来た。
冬のある日のことだった。

部屋は僕が探した。彼女からは部屋は任されていた。
数件見て回り、彼女が快適に暮らせそうな、明るい部屋を見つけた。
今は亡き僕の父が日頃から
「部屋は爽やかなところにしろ」と言っていたのを覚えていた。

僕の住む土地は坂道が多いので、平地の物件はなかなかないのだが、
どうにか平地の爽やかで買い物・交通が便利な物件、
ワンルームロフト付き、を見つけることが出来た。

彼女を空港に迎えに行き、そのまま不動産屋に直行した。

契約を済ませ、さらに物件に直行したような記憶がある。

物件に入ってからは、近くの電気店や家具店に行き、
こたつやら電子レンジやらを購入して、一応部屋らしく整った。
僕のテレビや洗濯機をあげて、家電も一通り揃えた。

彼女からは鍵を預かり、いつでも行けるようにしてもらった。


だが、しばらくは僕も学校で忙しく、ちょくちょく寄るくらいしかできず、
同棲はしていなかった。



そんなある日、夜中に彼女から電話がかかってきた。

息も切れ切れで助けを求める電話だった。

バイクの鍵


取るものも取り敢えず、慌てて、確か250ccのドラッグスターで向かったと思う。


着いたら彼女が呼吸が苦しそうに顔を真っ赤にして、ロフトの階段下辺りに倒れていた。

辛そうだった。


しばらく僕の膝枕で寄り添わせて、声をかけ続けた。

そうこうするうちに段々と彼女は落ちついてきた。


落ちついてきて本当によかったと安堵したのと同時に、強烈な後悔の念がよぎった。


「一人にしたのが良くなかった」と後悔した。 
(当時僕は社会人大学院生で課題でめちゃくちゃ多忙だった。)

慣れない土地で一人でいる彼女には、
見えないストレスが蓄積していっているのかもしれないと思った。


「この子をひとりにしてはダメだ」と思った。


それからは、なるべく外せない時以外は彼女のアパートにいるようにした。

泊まることも格段と増えた。


その後同じようなことはなかったが、
それが僕の影響なのかどうかは分からない。

分からないがとにかくよかったと安心した。



そんな日々を続けるうちに、

段々といつも二人でいるのが当たり前になっていった。 



二人で一つ。



僕の中で、そんな感覚がどんどん増していった。




(書いてて精神力を使うので、一気に書けません。次の記事で続きは書きます)



二人乗りの思い出

ちなみに希死念慮は相変わらずです。
特に夕方がひどいです。 
だけど、コンサータをこれ以上増やしても、
どうせ夕方には薬が切れるので、変わらない気がするので、
我慢してます。

次回は僕も病院にいかねば薬がもらえないらしいです。 
コンサータ切らすと、どうなるか自分でも想像できなくて怖いので、
次回はなんとか車で通院するつもりです。 

そこも思い出の病院になります。
薬の副作用で、不随意に顔面筋が硬直して、
慌ててバイクで二人乗りして彼女と夜に駆け込んだのが
懐かしいです。 

僕の病気で彼女には凄く迷惑をかけたなあ、と申し訳ない気持ちです。
きっと凄いストレスだったろうな、と思うと彼女が可愛そうで仕方ないです。

希死念慮の塊と暮らすなんて、想像しただけでも大変なのに、
彼女は愛を注いでくれました。

彼女には本当に感謝しています。
それを伝えられたらいいのに、もうそれも出来ません。


ただひたすら

悲しいです。



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