自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-

中学1年生以来25年間、どんな治療をしても消えない希死念慮を持ち続ける者が、自殺決行までを綴ったブログです。 2016年3月10日より、新ブログに移行しています。Hopeful Suicide(http://hopuful-suicide.com)へ宜しければお越し下さい。

2016年01月

2016年8月27日追記
カドカワさんのカクヨムにて、希死念慮小説「YUI 灯火」を掲載開始しました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881659291

新サイトにも掲載していたものを推敲したものです。
宜しければご覧下さい。携帯小説タッチで読みやすく書いているつもりです。

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新サイト開設しました。新規投稿は全て新サイトにて行っています。

Hopeful Suicide 自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-
http://hopeful-suicide.com

日本語にすると、【希望に満ちた自死】。

希死念慮の人生に、最後の希望を込めて名付けました。

新しい投稿は新サイトにアップしますので、よろしくお願いいたします。

おかえりなさい、彼女との思い出のノートパソコンさん

前記事1前記事2に書いた通りの事情です。

彼女との思い出のノートパソコンが昨日修理から戻って来ました。

昨日は体調も良くなかったので、電源投入を今日に回していました。


本日は起動テストです。


まずは部品の確認。

本体と、電源コード、リカバリディスク2枚とアプリ1枚です。
よし。全てある。

思い出のノートパソコン全て


では早速電源に繋ぎます。

そしてパワーボタンをポチッと押します。ドキドキです。

お! きた! やりました! マザボはacerになったんだね。

マザボはacer
 
ここから起動しないと意味が無い。

黙って見守ります。

起動中1
 

起動しました! でもまだ気を抜かない。

じっと待ちます。


起動中2
 

おお、ようこそ画面来ました! こちらこそ僕の実家にようこそ。

起動完了
 

デスクトップ画面きましたー!! データは初期化されていませんでした。
全部データ無事でした。

僕を見捨てずに拾ってくれることも、まだ世の中には少しだけある。
もう全て何もかもを諦めたけど、何故だか涙が出た。


おかえりなさい。彼女との思い出のノートパソコンさん。
本来の持ち主の彼女はいなくなっちゃったけど、代わりに僕が大事にお世話します。

これからも僕が死ぬまでは宜しくね。

僕が生きている間は、絶対に君を生かし続けるから。 
少なくとも君の本来の役目を終えるまでは。
いつまでも元気でね。


*この後、パーツやらデバイスのチェックをして、

 僕のデスクにそっと設置しました。

 遺品がひとつ、増えました。携帯のリストに加えておきました。
 遺書も書き直さなきゃね。






朝の希死念慮の嵐

朝起きたら


希死念慮の嵐。

薬が切れてる。

次から次へと死にたい気持ちが襲ってくる。



もう

止めることは諦めた。






死ぬまでこのまま。

いっそだれかに

殺して欲しい。



ノートパソコンの帰還

やっと修理から返ってきました。

GatewayEC19C 彼女との思い出のノートパソコン。

事情をご存じない方は前記事参照下さい。 


佐川さん、遅いです。午前中指定なのに。


さて早速外箱。

僕が送った箱がそのまま返ってきました。

 パソコン箱

では早速開封です。

ガムテープをあっけなくはがして。

パソコン開封
 
おお! 全部戻って来てる! 当たり前ですが。 


ここから先の続きは明日朝か昼間にやりますね。
電源投入を明日中継します。

こういうのは夜やると、ろくなことにならないって経験則があるので。


それでは皆さまおやすみなさい。 

明日までは死なない理由ができました。



con amore

僕の女性遍歴を見てみると、圧倒的に心が不安定な方が多かった。 概ね、僕の症状に耐えられなくなったり、あるいは彼女らの気持ちが安定すると、皆、僕を卒業していった。 僕自身はそれでも十分幸せだと思う。僕を踏み台にして、元カノ達が幸せになっていけばそれでいいと思っている。中には既に幸せな結婚を遂げた元カノも現に居る。 まあ、僕が執筆中の小説『-研究青春グラフィティ-流ヶ﨑有理の研究日誌』の主人公の有理からいわせれば「嘘ついている人生」なのかもしれないが。 だけど、別れが来たときにはとにかく元カノ達が幸せになってくれることを願うしか、やりようはない。愛していたのだから。いつも別れに当たってはそれだけが唯一の望みだ。 そういう歴史を繰り返してきた。 今回も僕がある犯罪者的判定を受けている点は、自殺の準備を完了したほどのショックだったが、別にそんなのはどうでもいい。 彼女が幸せになってくれればいいと思っている。 僕が死のうが生きようが関係ない。 5年間の月日を踏み台にして、もっと幸せになってもらえればいい。 それで、僕の最後の仕事は終わったと思っている。 有理にいわせれば嘘ついた生き方なんだろうけど、僕もあまり器用ではないので、そういう生き方しかできなかった。そういう歴史の繰り返しでしか生きてこれなかった。 あとは、こういう僕の生き方をテーマとして織り交ぜている小説2作品を完成まで出来れば運びたい。 http://ncode.syosetu.com/n6744cp/
http://ncode.syosetu.com/n7760db/ それくらいで、もう人生は終わらせていいと思っている。 ちなみに小説表紙を公募したら、23件も応募を頂いた。 皆さん私の小説に目を通してくれて、どれも秀逸な表紙絵だった。 『-研究青春グラフィティ-流ヶ﨑有理の研究日誌』を5月1日の22回文学フリマ東京に持ち込みたい。それが最期のちょっとした楽しみだ。 正直にいって、僕が犯罪者的扱いをされ、今回の離れ離れの状況を提案され、ストーカー扱いをされていたらしい(掲示板の情報だからソースは不明だから彼女の責任ではないが、)ことは、例え僕にも責任があるとはいえ、僕の背景からしてちょっと酷だったと正直には思う。勿論責任は僕にあることは重々分かっている。反省もしている。 だから僕は彼女を一つも恨んでいない。 むしろ感謝さえしている。 たくさん僕の病気を助けてくれたし、愛を持って僕に接してくれた。それに小説を書くに至った動機も彼女から与えてもらった。だから、本当に感謝している。 ただ、彼女が僕を支えきれなくなったのだと思う。 唯一無念な点は、もし支えきれないと判断したならば、某巨大国家権力機関に相談するのではなく、僕か医療福祉機関に支え切れないと相談して欲しかった。 僕は彼女の負担になるなら、納得の上で自ら身を引くこともできた。素敵な思い出をそのままに。 だけど、今回の件で、彼女は某国家権力機関を選択した。 その結果、僕には犯罪の嫌疑がかけられ、彼女が家から出て、今お互いの実家に戻ったが、ぼろぼろに傷つく結果になっている。このままでは二人とも再起不能になる。 だから、せめて彼女が僕から解放されるようにと思い、全て精算して次の幸せを求めていって欲しい旨連絡した。 そうしたところ、精算について弁護士と相談したいと、何故か彼女の父から連絡があった。お金を払って欲しいと誤解されたようだ。もちろんこちらにそんな気はない。
もし法廷で争えば、当時を思い出すし、たくさんの発言を求められる。それは彼女には辛すぎる。それに泥沼になって彼女の傷口を広げる。それは彼女の幸せにならない。僕は争う気はない、そんな彼女の傷を広げるような争いは僕なら許さない、と諫めたが、どうなるのかは分からない。それにこれはもう精神的にも一個の立派な人間である彼女と僕の間の成人二者間の問題であることも主張した。 今後は僕と彼女の問題は誰にも口は挟ませないつもりで、彼女からの直接連絡からにしか応じない旨、こちらからは伝達し、彼女以外の殆どのemailと電話を一時的に遮断した。 要するに彼女が彼女自身の意思で僕との関係を清算なり復縁なりなんなり望みのままにしてくれて、結果的に彼女の人生が幸せになってもらえれば僕としてはそれで良いのだ。それが僕の唯一かつ最期の望みだ。僕としては彼女の幸せが一番だ。 勿論彼女から関東から九州への引っ越しを「誠意を見せて欲しい」と依頼されて、その結果ストーカー扱いされた可能性があると考えると、悲しい気持ちにはなる。だが、それも全て忘れて、ことを大きくして争うような真似は絶対にしないことにしている。 とにかく、彼女の傷が広がるのは僕の中で完全に御法度としている。 綺麗に精算して新しい素敵な旦那様を見つけて幸せになってもらえればそれでいいのだ。 だが、彼女は精算には応じてくれない。 僕と復縁するでもなく、精算するでもないなら、彼女の気持ちは一体どこにあるのか分からない。 そのジレンマで、日々体調が悪化していっている。 薬も増えた。希死念慮もひどい。病院にもいけない。執筆の手も止まった。 精算を申し出るのは勇気のいることだった。僕からは正直なところまだ彼女への未練があるが、彼女が幸せへの途をたどれるならと、それを振り切ってのお願いだった。 しかし、それにも応じてくれず貴重品の返還もないとなると、まだ精算したくないのか? と、どうしていいのか分からなくなる。 僕としては手探りで彼女が幸せになれるように、動くor動かないしかない。取りあえずは自然消滅でもこの際やむを得ないと思っていて、希死念慮の悪化する日々でじっとしているしかないと思っている。 預けていた貴重品も返ってこない覚悟も決めた。祖母の遺品や鍵なども。 とにかく、もうどうとでも彼女がやりたいようにやればいいと、そう思った。無視でも批難でも拒否でも何でも受け入れる。それで彼女が幸せならば、何も言わないことにした。 彼女が幸せな結婚とその後の人生にたどり着いてもらえれば、僕の人生最後の仕事は最高の終わりとなる。それで僕は幸せです。心の底から。 追伸、ちなみに、そろそろSNSでは彼女からフォローや読者登録の解除をされはじめたような気配がする。確かめるとショックなのでそれ以上は調べてないが。 だけども、別に構わない。5年間の歴史がただ元に戻るだけなのだ。 僕は彼女に出会う前の希死念慮の塊に戻る、彼女は時が経ち新たに気持ちが安定して、素敵な出会いをいずれする。ただそれだけなのだ。 そしてそれが彼女の幸せへの次への一歩になるなら大歓迎だ。 どんどん僕を彼女の記憶から拒否して消せば良い。 そして次のステップに進めば良い。 ただ、愛した人、愛している人とはどんな関係になっても、愛している人には変わりない。 だから僕なんかどうでもいいから。 彼女だけには、世界一幸せになって欲しい。 色々愚痴りましたけど、 結局は本当にそれだけです。 こんな愚痴をここまで読んで下さった方々に感謝します。 申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。


それと、ノートパソコン、到着しました。
明日開封しますね。ブログにまた上げます。 con amore

遅延

あまりにノートパソコンの到着が遅いので、

アプリで調べました。


まだ北九州じゃん。

午前着って



うそじゃん。



おかしい

ノートパソコンさん、まだこない。

もう11時なのに。

今日はそれだけが


命をつなぎ留めてるのに。



せめて最期は

全く眠れず。

コンサータを15時に飲んだせいだというのは分かってる。

だがやはりこの時間になると、段々希死念慮が増してくる。


学業も仕事も。実らなかった。
彼女にも五年越しで捨てられた。

でもこれまで僕なりに努力はしてきた。
恥じない努力はしてきた。

ストーブ


だが、希死念慮はそんな自負を笑い飛ばす。

どうせ生きてたって、これからは何もいいことないだろう?
死んじゃえば楽になるじゃないか、と問いかけてくる。

今の僕は生きる屍で、この先の人生が真っ暗なのは、
本人が一番良く分かっている。

仕事も出来ず、人とも関われず、
牢獄のような自室に籠もる生活だ。

でもそれもそう長くは続かない。
金銭面でも精神面でも。

いずれ決心する日がくる。


そのときは




自分の人生にせめて最期は、

納得して死にたい。



明日はいよいよ

前記事に書いたように、思い出のノートパソコンが返ってきます。
午前中指定です。ちゃんと起きてなきゃ。来たらまたブログアップします。

他にすがる物なんてもう一生ないから。
そんなのもうできないから。

寒くて冷えた金属とプラスチックでできたノートパソコンさえ、
きっと暖かく感じる。


戻ってきたら、徹底的に整備してあげよう。
磨いて、パーツを全部チェックして。

大事に大事に僕より長生きするように使ってあげよう。

物に罪はないのだから。
僕とは違って。

長生きしてね。ノートパソコンさん。 

明日からまた宜しくね。



病院に通えない。死ぬ勇気が足りない。

昨日は夜中まで最近出来た知り合いとチャットをしていて、
眠剤も2回分飲んでしまい、そのせいだろう、起きたら1時を回っていた。

彼女と離れ離れになって以来、
4時とかに目覚めていた日が多かったので、
久しぶりの熟睡だった。
ちっとも有り難くはないけど。


僕の居住区は一昨日は大雪で、
雪が凍結しているかと思えば、昼も過ぎていたのですっかり溶けていた。


今日は病院の予約日。

最近はすっかり病院に通えなくなった。
1ヶ月近く病院には行っていない。
今日も行けなかった。

母から薬を取ってきてもらうのだが、コンサータと
今はもう恐らく二度と連絡も取れない彼女との思い出だけが、
唯一僕の命をつなぎ止めている。

もう3時近くだが、気にせずコンサータを飲んだ。
これくらいでちょうどいい。
夜中まで効いててくれた方が、希死念慮もひどくならずにすむ。

昼過ぎのコンサータ

黄色いのが18mg、青いのが27mgのコンサータ。
その他諸々。もう何を飲んでいるかもよく分からない。
知りたいとも思わない。きっとリボトリールとかだろうけど。

全てがもうどうでもよくなった。 
前記事に書いた思い出のノートパソコンが起動したら、
なんだかもう全てを終わりにしてもいいような気がしてきた。

僕は勇気がないので、人生を終わりにするなら何かきっかけが欲しい。
今はそれを待っているのかもしれない。
注射は準備しているが、いつも静脈に針を刺したところで、シリンジが押せない。

きっかけが来れば、決行します、の文言をブログに残して、
塩化カリウムを静注するんだと思う。

きっかけが欲しい。


もう早く終わりにしたい。 


もうきっと、助からない。



思い出のノートパソコン

彼女が僕を慕ってくれて、僕の地元に引っ越して来た直後だった。

学校に通う彼女の学習用に運びやすい小型のノートパソコンが必要だった。

僕は引っ越ししたての彼女をアパートから車で連れ
PCデポに行き、GatewayのEC19Cという機種を選んだ。

corei3でそれなりに早くて、 持ち運びも楽で手頃な値段だった。
当時としてはかなりコスパのいいマシンだった。

彼女はアパートの近くの学校へ行っていた。きっとノートパソコンが活躍する。
その学校は彼女の悲願だった。その手伝いの気持ちで本当に一生懸命選んだ。

そんな思い出のノートパソコン。Gateway EC19C。
これがその箱だ。もういまから5年前だ。

EC19Cの箱


今は、彼女がデジタルで絵を描くため、僕が買ったDellのXPS14zと交換し、
EC19Cの方は僕が持っていた。今、彼女の方がXPS14zを持っているのだと思う。

ちなみにEC19CはSSDに換装して、メモリを8G積んで高速化してあって、
彼女の所持品でもあり、思い出のノートパソコンだったため、
僕の大のお気に入りになっていた。


そのEC19Cが年明けに壊れた。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。


マザーボードが死んだと確信した。
修理を依頼してもマザー交換はPCが買えるくらいの修理代になる。

だけども、僕にはかけがえのない思い出のノートパソコンだ。 

絶対に直したかった。

色々な修理屋に依頼したが、どこも修理不能で返ってくる。
Gatewayに出せば直してくれるだろうけど、10万近くかかる。
思い出のPCデポに見積もりを出してもらったが、
そういう金額だった。その財力はもうなかった。


だから、ダメ元でネットで片っ端から電話をして電話をして電話をしまくった。
どこも部品を持っておらず修理不能という回答だった。

だけど諦めなかった。
もう何件目か分からないくらい電話をかけたところで、
4万円台で直せるかもしれない、という業者にぶつかった。

奇跡だと思った。

彼女と交換したこのパソコンは、
修理が絶対に不能になるまで、つまり死ぬまで使い続けると決めていた。

彼女はまだ学校にいるはずだ。
EC19Cはまだ当初の役割を終えていない。

そして僕たちの思い出をこの子は抱えて辛うじて息づいている。

まだ死なせちゃいけないと心から思った。

息を吹き返して欲しい気持ちを胸に、急いでパソコン宅急便で仙台まで送った。

パソコンが仙台につき、電話がかかってきて、マザーボードを海外から取り寄せれば
4万円台で直ると言われた。

心底、嬉しかった。

お金はないが迷わなかった。
すぐに残りの全財産を金庫から全て掴んでコンビニまで走っていって振り込んだ。

まだ、見捨てられてないと思った。

こんな些細なことだけど、全てを無くしても 、
まだ僕なんかでも見捨てられていないこともあると、そう思った。

涙が出た。

今日、1月25日13時57分、修理が完了し無事起動を確認し、
27日午前にパソコンが到着する旨、連絡があった。
本当に嬉しかった。

明後日の朝、息を吹き返した思い出のノートパソコンと再び会える。
僕と彼女の細い細い切れかけの糸が、その子のような気がする。

いつか彼女と再会出来る日まで、僕はEC19Cと共に時を過ごす。
例え彼女と再会出来なかったとしても、その思いは変わらない。
死ぬまで使い続けるだろう。

あの日、希望を胸に、二人で選んだノートパソコンは、僕より先には絶対に死なせない。

僕たちの思い出が、僕たち二人が死ぬまで絶対に死なないように。

そして例え僕が自ら死んだとしても、思い出のノートパソコンが、
僕たち二人のたくさんの楽しかった思い出達を抱えて、この世界に存在してくれる。

そんな日々がこれからも、まだ辛うじて続く。


27日、思い出のノートパソコンが直って来たら、またブログにアップします。

今日は少しだけ前向きな話題でごめんなさい。



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