自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-

中学1年生以来25年間、どんな治療をしても消えない希死念慮を持ち続ける者が、自殺決行までを綴ったブログです。 2016年3月10日より、新ブログに移行しています。Hopeful Suicide(http://hopuful-suicide.com)へ宜しければお越し下さい。

2015年12月

2016年8月27日追記
カドカワさんのカクヨムにて、希死念慮小説「YUI 灯火」を掲載開始しました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881659291

新サイトにも掲載していたものを推敲したものです。
宜しければご覧下さい。携帯小説タッチで読みやすく書いているつもりです。

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新サイト開設しました。新規投稿は全て新サイトにて行っています。

Hopeful Suicide 自殺ブログ-消えない希死念慮との闘いの日々-
http://hopeful-suicide.com

日本語にすると、【希望に満ちた自死】。

希死念慮の人生に、最後の希望を込めて名付けました。

新しい投稿は新サイトにアップしますので、よろしくお願いいたします。

なんとか生きてます。塩化カリウムでの自殺方法

すみません。ご心配おかけしました。

何とか生きてます。

しかし希死念慮の真っ只中です。

婚約者との別離が辛すぎます。

コンサータが36mgになりましたけど、
全く効果ありません。

自殺準備進んでます。

塩化カリウムと生理食塩水、シリンジに注射針です。
塩化カリウム40mg10gを静注します。
高カリウム血症で、不整脈を起こして死に至ります。
決して楽ではないです。
IMG_3098

また近況報告します。



希死念慮が増大中1

希死念慮が増大しています。

5年連れ添った婚約者との別れが、
ベースにある希死念慮に拍車をかけている形です。

具体的な自殺方法がどれがいいかを考えはじめている段階に
差し掛かっています。

生きていれば更新します。

 



大失恋しました 大好きな彼女(婚約者)と1

5年前にアメブロで出逢った女性とお付き合いをしていました。
出逢った時から一目惚れで、告白されて付き合うことになりました。

彼女は関東の人で、九州の私の元まで飛んできてくれました。
お友達になりに。

でも結局付き合うことになり、それからは、各地を転々と5年間、
同じ部屋に住み続けて愛を育んできました。

しかし、今年に入り、私の体調不良から彼女に迷惑をかけることが増え、
10月に私は精神科に入院。精神科ではコンサータの処方で回復しましたが、
退院後の11月某日に私がパニックを起こし、
そのパニックを受けて、彼女は出ていってしまいました。

彼女は帰ってこず、A4用紙の手紙が届けられました。

そこには近くで暮らされたら困るということと、
九州に帰って欲しい旨、書いてありました。

また2通目の手紙では家事で苦労していたことが、
切々と綴られていました。

私なりに協力していたつもりでしたが、足りなかったようです。

お詫びと改心する旨、メールで送りましたが、返事もなく
途方に暮れています。

世界で一番大事だった彼女を傷つけた自分が情けなくもあり、
申し訳なくもあり、自分が許せなくもあり、死のうかとも考えている状態です。

来週中に返事がなければ、彼女の答えはやはり「いなくなって欲しい」
ということなのだと思いました。そして、私がいなくなることが、
彼女にとっての幸せの第一歩なんだろうと思うに至りました。

今引っ越しの準備を進めています。
色々な手続き、引っ越し業者への連絡、最後の手紙の準備、
荷物の選定、やることは山積みです。

そんな中、ふと、横をみても、もう大好きだった彼女の姿がないことに、
呆然としてしまいます。
彼女との生活に戻りたい。いくら願ってももう戻れません。

これからは一人で生きていくことになります。
せめて大好きで愛していた彼女の幸せを祈りながら。

彼女はある思想の持ち主でした。
私は彼女のその思想を引き留めるために、
「私が君を看取るから。だから生きて。幸せにするから」
そう約束しました。

その約束は、彼女と別れても、僕の中では消えません。
私の命が途切れる日まで、ずっと彼女が幸せの中で人生を終えるのを
祈り続けると今決めています。

それしか出来ない自分が悲しいです。

彼女と一生添いとげたかった。
それが本音です。

僕はこの大失恋から立ち直ることができるのか、
いや、多分無理でしょう。
食事もできず、ほぼ寝たきりになってしまいました。

これからどうやって生きていったらいいのか分かりません。



自殺方法で迷う①(思考段階・自殺観念)

なんと言ってもこれが一番悩みの種だと思います。

自殺方法の取捨選択です。

まずは思いつく方法を列挙してみます。

1.首つり
2.失血死(自刃・リストカットなど)
3.服毒死・服薬死(農薬、処方薬特にバルビツール酸系睡眠薬、練炭、硫化水素も含む)
4.飛び降り(高所からの)
5.飛び込み(列車や自動車への) 
6.凍死
7.餓死
8.入水
9.感電死
10.焼死
11.溺死
 
こんなものでしょうか。特に文献を読んでいる訳では無いので、
思い浮かんだものだけを列挙しました。漏れがあれば指摘して下さい。

そして自殺志願者が考えることは

ア.苦しくないか
イ.痛くないか
ウ.死体はどんな状態になるのか
エ.死ぬまでの過程はどうか。死ぬまでの時間や推移
オ.周囲に迷惑をかける度合いがどのくらいか

多分こんな感じだと思います。私の場合は少なくともこうです。

そして、自殺方法の選択と、それを決行した時の上記のアイウエオをひたすら繰り返し
頭の中でぐるぐるぐるぐると考えているのです。

もちろん衝動的に自殺する人は上記アイウエオは気にしないでしょうし、
強靱な精神の持ち主であれば、アからエまでの項目は意に介さず、
5の周囲にかける迷惑の度合いだけを考えて実行するでしょう。

けれども私は衝動性も足りないですし、そんな強靱な精神の持ち主ではありません。 
自殺方法と決行の及ぼす影響をひたすら、脳内で回転させている状況。
それが、私は12歳の時からずっと続いているのです。

この記事のもう少し詳しい解説は、次の記事でお話ししますね。



25年間消えない希死念慮から自殺までを実況します2

私は2015年12月6日現在、36歳の落ちぶれ研究者です。
(専門は視覚心理学と臨床心理学と脳科学)

中学1年生の12歳の時から、止まらない希死念慮と闘ってきました。

現在の病名は「ADHD」と「躁うつ病」ですが 、
そこに至るまでは、12歳の「不登校」時代以来、
「単極性うつ病」「難治性うつ病」「統合失調症」といろいろな
診断を変遷してきました。

どの診断を受け、どんな薬を飲んでも、カウンセリングを受けても、
福祉サービスを利用しても、働いても、学んでも、
そして驚くべきことに、どんなに幸せでも、
希死念慮が消えることはありませんでした
。 

25年近い、やまない希死念慮にはもう疲れました。

今日、自殺決行を決意しました。
その準備過程で色々な思考にさいなまれたり、
色々な自殺計画を立てて比較検討したり、
これまでの人生を振り返って思うところがあったりするでしょう。

それをこのブログで発信したいと思ったのです。

決意から死ぬまでの過程をweb上に記録しておくことで、
私という存在がきちんと生きて、きちんと死んだ証にしたかったのです。 
消えない希死念慮を持つ者が、辿っていく人生の終着点を伝えたかったのです。

けなしてもらっても構いませんし、何かの参考にしてもらっても構いません。

私は以前、臨床心理学を専攻していました。精神医学もかなり勉強したつもりです。
そんな私にしか発信できない自殺志願者の本音をお話ししたいのです。

私と同じ、自殺志願者の方にも読んで頂きたいですし、
自殺を阻止したい一般の方や、メンタルヘルスの専門家にも読んで参考になるブログに
するつもりです。

最後に、決行する時は、「今から決行します」というタイトルで投稿します。
その投稿をもって、このブログは完結します。

その日を目指して、着実に進んでいく決心です。 




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