彼女が僕を慕ってくれて、僕の地元に引っ越して来た直後だった。

学校に通う彼女の学習用に運びやすい小型のノートパソコンが必要だった。

僕は引っ越ししたての彼女をアパートから車で連れ
PCデポに行き、GatewayのEC19Cという機種を選んだ。

corei3でそれなりに早くて、 持ち運びも楽で手頃な値段だった。
当時としてはかなりコスパのいいマシンだった。

彼女はアパートの近くの学校へ行っていた。きっとノートパソコンが活躍する。
その学校は彼女の悲願だった。その手伝いの気持ちで本当に一生懸命選んだ。

そんな思い出のノートパソコン。Gateway EC19C。
これがその箱だ。もういまから5年前だ。

EC19Cの箱


今は、彼女がデジタルで絵を描くため、僕が買ったDellのXPS14zと交換し、
EC19Cの方は僕が持っていた。今、彼女の方がXPS14zを持っているのだと思う。

ちなみにEC19CはSSDに換装して、メモリを8G積んで高速化してあって、
彼女の所持品でもあり、思い出のノートパソコンだったため、
僕の大のお気に入りになっていた。


そのEC19Cが年明けに壊れた。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。


マザーボードが死んだと確信した。
修理を依頼してもマザー交換はPCが買えるくらいの修理代になる。

だけども、僕にはかけがえのない思い出のノートパソコンだ。 

絶対に直したかった。

色々な修理屋に依頼したが、どこも修理不能で返ってくる。
Gatewayに出せば直してくれるだろうけど、10万近くかかる。
思い出のPCデポに見積もりを出してもらったが、
そういう金額だった。その財力はもうなかった。


だから、ダメ元でネットで片っ端から電話をして電話をして電話をしまくった。
どこも部品を持っておらず修理不能という回答だった。

だけど諦めなかった。
もう何件目か分からないくらい電話をかけたところで、
4万円台で直せるかもしれない、という業者にぶつかった。

奇跡だと思った。

彼女と交換したこのパソコンは、
修理が絶対に不能になるまで、つまり死ぬまで使い続けると決めていた。

彼女はまだ学校にいるはずだ。
EC19Cはまだ当初の役割を終えていない。

そして僕たちの思い出をこの子は抱えて辛うじて息づいている。

まだ死なせちゃいけないと心から思った。

息を吹き返して欲しい気持ちを胸に、急いでパソコン宅急便で仙台まで送った。

パソコンが仙台につき、電話がかかってきて、マザーボードを海外から取り寄せれば
4万円台で直ると言われた。

心底、嬉しかった。

お金はないが迷わなかった。
すぐに残りの全財産を金庫から全て掴んでコンビニまで走っていって振り込んだ。

まだ、見捨てられてないと思った。

こんな些細なことだけど、全てを無くしても 、
まだ僕なんかでも見捨てられていないこともあると、そう思った。

涙が出た。

今日、1月25日13時57分、修理が完了し無事起動を確認し、
27日午前にパソコンが到着する旨、連絡があった。
本当に嬉しかった。

明後日の朝、息を吹き返した思い出のノートパソコンと再び会える。
僕と彼女の細い細い切れかけの糸が、その子のような気がする。

いつか彼女と再会出来る日まで、僕はEC19Cと共に時を過ごす。
例え彼女と再会出来なかったとしても、その思いは変わらない。
死ぬまで使い続けるだろう。

あの日、希望を胸に、二人で選んだノートパソコンは、僕より先には絶対に死なせない。

僕たちの思い出が、僕たち二人が死ぬまで絶対に死なないように。

そして例え僕が自ら死んだとしても、思い出のノートパソコンが、
僕たち二人のたくさんの楽しかった思い出達を抱えて、この世界に存在してくれる。

そんな日々がこれからも、まだ辛うじて続く。


27日、思い出のノートパソコンが直って来たら、またブログにアップします。

今日は少しだけ前向きな話題でごめんなさい。